この記事を開いたってことは、
「ゲームしてる自分って、なんかダメちゃうん?」
そんなモヤっとした気持ちを、
少なからず抱えてるんかもしれへんな。
社会人って、仕事だけじゃなく、
プライベートでもいろいろ任されることもあるんさな。
そんな状況でゲームしてると、
楽しんでるはずやのに、罪悪感が顔出してくることあらへん?
せやから今日はな、
ゲームは「向き合い方次第で、ちゃんと意味のある時間になる」
って話をしてみようと思うんよ。
ゲームは”悪いもの”とちゃうで
今日は、先に結論言うでな。
ゲームは“目的”やなくて、“手段”やに。
確かにゲームには、”時間を無駄にしてる”
っていうイメージが先行してしまうのも事実やと思う。
のめり込みすぎると、
日常生活に支障が出てしまうこともあるしな。
せやけどそれは、ゲームだけに限ったことやない。
どんなことでも、日常生活を大事にする視点は必要やな。
私がゲームをする理由は、めっちゃシンプル、
「1日を”楽しかった”で終えたい」
この目的を叶える手段が、
たまたまゲームやっただけなんさ。
「何をしてるか」より、
「何のためにしてるか」。
ここがハッキリすると、ゲームしてる自分を、
必要以上に責めんで済むようになるかもしれへんよ。
「自分への質問」をしてみてほしい
もし、「社会人やのに、ゲームする自分ってダメなんかな」って思ってしまってたら、
「それは、誰の安心のためにやってる?」って質問してあげてほしいんさ。
もし、「自分の生活のためにやってる」なら、堂々と楽しめばええし、
「誰かにダメって思われたくない」んやったら、
誰かからどう見られるかが気になってしもてるんかもしれへんな。
日常生活に支障が出たり、他人の生活を脅かすわけやなければ、
あまり深く考えずに、
自分の好きなことしててええと思うに。
”好きなこと”は原動力になる
例えば私の場合、
1日の最後をゲームで楽しく締めくくりたいとするやろ?
そうすると、
- 明日の仕事のことを考えると、24時までには寝たい
- ゲームは寝る1時間前で終わっといたほうがええと思ってる
- 1時間くらい没頭したいから、22時までにゲーム開始したい
- ほな、風呂は21時半までに入ろか
- 夕飯の片付けは21時までに終わらせとこ
こんな感じで、自分の”やりたいこと”と、
そのために”終わらせておきたいこと”がはっきりしてくるんさ。
つまり、「自分時間にゲームがしたい」という気持ちが、
めっちゃ前向きに働いてるんよ。
これはむしろ、明日への原動力にもなり得る、
立派な強みやと思うんさ。
1日を”楽しい”で締めくくってOK
それでもやっぱり、ゲームする自分に対する罪悪感が生まれてしまうかもしれへん。
せやけどそれは、悪いことやなくて、
ある意味では周囲への気配りやったり、
自分自身の責任感やったりするんかもしれへん。
私はゲームが大好きやからこそ、声を大にして
「1日を”楽しい”で締めくくってもええやんか」
って言いたいんさ。
暇やから何となくしてるんやなくて、
1日を”楽しい”で締めくくるためにゲームする。
ストレスをぐっと飲み込んでしまいがちな社会人やからこそ、
明日への活力って大事やと思ってるんさ。
好きなことは、好きなように発信してもええ
そしてな。
こうやってゲームの話を書いてるけど、
これも考えてみたら、けっこう自由なことやと思うんさ。
「社会人がゲームしてます」
って話だけなら、誰かの役に立つ情報でもないかもしれへん。
こういう話を自由に書ける。
それがブログの面白いところなんやと思う。
「せやけど、今の時代にわざわざブログってどうなん?」
そんなことを考えてる人がおったら、私が3年間ブログを続けてきて感じたことを、こちらの記事にもまとめてます。


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